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私はマインドフルネスでうつ病を克服しました。

私は、マインドフルネスでうつ病を克服しました。

 

マインドフルネスのセッションに参加をされ、うつ病を乗り越えた方から、セッションの体験談をお寄せいただきました。

 

ご自身の辛い状況、マインドフルメイトとの出会い、どうやって克服していったか回復の経過など、ご本人の文章に一切手を加えず原文のままご紹介しております。

 

 

マインドフルネスを体験して

埼玉 J.Fさん(男性) 20代 病名:うつ病

マインドフルネス参加期間:2013年4月~2014年4月 セッション10回終了

 

マインドフルネスとの出会い

私がマインドフルネスと出会ったのは2010年の夏の中旬であった。

ふとした拍子に、前年に起きた事を思い出して急にうつ状態になってしまったときに、何かないかと探していたときに見つけたものがマインドフルネスであった。

私の症状は急に悪くなったので、これはもはや薬とかではなく根本的な解決策が必要だと感じ読みあさった本の中にあったのがマインドフルネスである。

前年に結婚を考えていた人とその家族との軋轢から軽い鬱状態になっていたが、念願であった大学院にも合格し
心機一転頑張ろうと思っていた矢先であり、とてもショックでたまらなかったのを覚えている。

 

 

症状は悪化する一方で、

その後、症状は悪化する一方で、不安障害、非定型うつ病の鉛様麻痺感、対人恐怖症、現在過去混同症候群など症状が一気に吹き出した。

何よりも辛かったのは大好きであった勉強が出来なくなったことである。

自分の目標であり、夢であった大学院での勉強とそれを踏まえた上での就職。

それらすべてがもろくも自分の手から滑り落ちていくようで悲しくて悔しかったのを覚えている。

一つの人間関係から、なぜうつ病などにならなければならないのかと、情けなくてたまらなかったのだが、
普通のうつ病と違い、幼少期のフラッシュバックがひどかったので、これは普通のうつ病ではないのではないかと思っていたが、非定型うつ病の症状をネットで見つけたときはぴたりと一致した。

 

父親の家庭内暴力から

父親の家庭内暴力と、それに起因する生きづらさや自己評価の低さ。

それを覆い隠すようにぎりぎりまで頑張って来た自分。

そういった一連のことが一つの出来事でバランスをとれなくなり崩れ去ったような気がしている。

大学院を早急に休学して、マインドフルネスに取り組めばよかったのだが、変わらぬ父親と家にさえ帰れなくなった自分。

友達の家を泊まり歩きながら、なんとか大学院にいくものの、勉強できずに時間だけが過ぎていった。

症状は悪化し、気がつけば大学院も中退に追い込まれてしまった。

2011年夏に大学院を退学したあと、祖母の家に移り住み、認知行動寮などを試したりしたがうまくいかず。

唯一家族のように、、慕っていた人たちの信じられぬ所行。

実の家族である親の家庭内暴力。

なんで自分はこんな目に遭わなければいけないのだと、半ばすべてを人のせいにして人生を投げ出していた時期があった。

 

 

再びのチャレンジ

佐藤さんのマインドフルメイトにも、一度お世話になったのだがセッション2ぐらいで続けられずに、そんな自分がいやになり症状を悪化させるという繰り返しであった。

1年間祖母の家に2人で住み、祖母と二人きりでいろいろな話しをする中で、自分がまず変わらなければという思いを持つに至り、なんとかもう一度マインドフルメイトにお世話になろうと、佐藤さんにメールをしたのが2013年の春。

佐藤さんに八王子の学習センターでセッションの後に、長々とお話をさせていただいたのを、今でも鮮明に覚えている。

「夢とか目標とかあきらめなくていいんだよ。そんな時期もあったなと、思える日が来るから、負けるな」と
話してくれた言葉に、僕は佐藤さんにもう一度ついて行こうと思った。

 

 

朝は5時半に起きて6キロ走ることから始めた。

そこから、症状で辛くて一日中布団に寝ていた生活を改め、鉛様麻痺感や過眠、過食で20キロ以上太ってしまった
体を引きずるように朝は5時半に起きて6キロ走ることから始めた。

呼吸法も朝昼晩毎回40分やり続け、夜もジムに行きプールで1時間泳いだ。

食事も玄米食や野菜中心に切り替えるなど、生活すべてを非定型うつ病を克服するために切り替えた。

 

なにより辛かった過眠。

毎日20時間ぐらい布団にいる生活があったが、なんとか布団からでようと、布団はたたんで起きているように心がけた。

一度マインドフルネス創始者の大田さんにも、習っていたので呼吸法の習熟は普通の人よりは早かったのではないかと思う。

自己洞察と呼吸法を常に、自分の生活の中で取り入れるようにしていたら、日に日に症状が軽くなっていくのを感じた。

 

興味関心も湧いてきた、

それとともに、昔の様に自分の好きな事柄に対する興味関心も湧いて、いろいろとやりたことが出てきたのが
何よりも嬉しかった。

膜に覆われたように全てが不透明にしかみられなかった世界が、少しずつではあるものの前のようにクリアーに見られるようになるのを感じた。

呼吸法が最重要なのは言うまでもないが、自己洞察がとても自分には合っていたのだと思う。

思考は自分ではなく、思考を観察する自分を呼吸法を通じて身につけ、それを常に自己洞察で観察する。

この繰り返しで、自分がいかに否定的なことや、昔のいやなことを考えていたかが分かるようになった。

佐藤さんにアドバイスをいただけたので約1年間、マインドフルネスを続けられる事が出来た。

 

 

夢であったインドネシアにある新聞社で、

その後、友人の紹介で短期での海外交流の仕事を経て、現在私は夢であったインドネシアにある新聞社で働いている。

1年前からは想像だにできぬことで、佐藤さんには感謝しても感謝しきれない。

現在も過去の嫌な出来事に対する、自動思考は出てくるし、100パーセント昔の自分になれたかというと
まだまだだ。

けれども、一度は普通に生きることさえあきらめかけ自分。

あと数年は、マインドフルネスを続けて完治に持って行きたいと思う。

うつ病に苦しんでいた自分に、駆けてあげたい一言として「うつになってしまった自分を許して、認めてあげて」である。

うつ病になって、人生がめちゃくちゃになり、周りにも多大な迷惑をかけた。

そんな自分を受け入れて、自分に寄り添い、マインドフルネスを一生の友として、私は今後の人生を歩んでいく所存だ。

おそらくこの感想文を読む方は、うつ病に苦しまれている人であろう。

 

きっとうつ病はなおります。

自分をあきらめずにマインドフルネスをして欲しい。

自分を許して、寄り添い、自分と対話して自分を見つめながらマインドフルネスに取り組んでしい。

佐藤さんの口癖である、「騙されたと思って続けてみて」。

これを私も皆様に贈る言葉として締めたい。

健闘を祈ります。

 

 

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〖応援メッセージ〗

★挫折しても諦めず、当マインドフルメイト門を叩いてくれたこと、うれしく思っています。

何度でもいい。人生をあきらめずチャレンジを続ける事がいかに大切か、私たちも学びました。

ほんとに、よくがんまりました。

これからはマインドフルネスを持って、異国の地で活躍してくれるでしょう。

 

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うつ病を乗り越えた体験談 (マインドフルネスの体験談)

マインドフルネスのセッションに参加をされ、うつ病を乗り越えた方からセッションの体験談をお寄せいただきました内容を掲載しています。

ご自身の、うつ病の辛い状況をマインドフルネスとの出会いの中で、どうやって克服していったか、回復の経過など、ご本人の文章に一切手を加えず原文のままご紹介しております。

このうつ病を乗り越えた方の体験談がうつ病で悩む方々の参考になれば幸いです。

この記事は以下の方が執筆しています。

佐藤福男
〇資 格 : マインドフルネス瞑想療法士(マインドフルネス総合研究所)  マタニティー / 0才児 指導者資格(幼児開発協会)  一般旅行業取扱主任者(国家資格)  〇役  職: 非営利型一般社団法人マインドフルメイト代表理事・ マインドフルネス学校 学校長

 

うつ病を自分で治す方法